御由緒

東玉川神社の前身である諏訪社は、元の地名である諏訪分の時代に、田畑の豊作を願い祀られていました。
しかし、明治時代末期に諏訪社は廃社されます。
昭和3年から6年にかけて玉川全円耕地整理が行われ、地域の人々が中心となりこの東玉川町はつくられました。
その際、神社再興の機運が高まり、現在の場所に諏訪神社は再建されました。
町の中央であり松林であったこの地を鎮守の森として、住民の拠り所としたのでしょう。現在も樹齢300年を超える松が境内に残っています。
そして昭和14年に拝殿、昭和15年に本殿を渋谷の氷川神社より譲受け移築しました。
同年、野毛町の日枝神社を合祀し、現在の東玉川神社となりました。そのため御祭神は建御名方命たけみなかたのみこと大山咋尊おおやまくいのみことの二柱が祀られております。
平成22年、社殿は江戸後期建築と推定され、世田谷区有形文化財に登録されています。

御祭神

建御名方命たけみなかたのみこと

建御名方命たけみなかたのみことは、日本神話に登場する神で、出雲大国主命の御子神の一柱とされます。『古事記』では、国譲りの際に建御雷神と力比べを挑み、敗れて諏訪へ退いたと伝えられています。この物語は諏訪大社の由緒に深く関わり、建御名方命は同社の主祭神として信仰されています。武勇に優れた神格から、農業・狩猟・風・水を司る守護神としても崇められ、特に諏訪地域では風雨を鎮め、五穀豊穣をもたらす神として厚い信仰を集めてきました。また「軍神」としても崇敬され、中世以降は武士の守護神としても篤く祀られました。信濃国一之宮である諏訪大社を中心に、日本各地の諏訪神社へと信仰が広がっています。

大山咋尊おおやまくいのみこと

大山咋尊おおやまくいのみことは、日本神話に登場する神で、賀茂氏や日吉大社の祭神として知られます。「くい」は杭を意味し、「大きな山に杭を打ち、その地を支配する神」と解されます。古くから山や土地を守護する地主神として信仰され、農耕や水の恵みとも結び付けられました。特に近江の日吉大社では比叡山の神として祀られ、延暦寺の守護神ともなり、神仏習合の中で重要な役割を果たしました。また、京都の賀茂神社の祭神ともされ、賀茂氏の祖神と考えられています。山と人々の生活をつなぐ神格として、地域社会に深く根ざした信仰を集めています。